ChatGPTを使い始めたとき、
仕事はもっと楽になると思っていた。
文章はすぐ整うし、
アイデアもいくつか出てくる。
調べものも速い。
それなのに、ふとした瞬間に思う。
「これ、やめてもいいのではないか」
ちゃんと使っている。
活用もしている。
それでも、なぜかしっくりこない。
その感覚を、うまく説明できないまま使い続けている人は少なくないはずだ。
期待と現実のズレが広がるとき
ChatGPTに期待していたのは、
もっと分かりやすい変化だった。
・残業が減る
・作業時間が目に見えて短くなる
・仕事が軽く感じられる
しかし現実は少し違う。
確かに下書きは早い。
整理もできる。
でも、そのあとに残るのは「決める作業」だ。
どの案を採用するか。
どこを修正するか。
その理由をどう説明するか。
作業は減っているのに、
判断は減っていない。
このズレが積み重なると、
「思ったほど楽になっていない」という感覚が残る。
周囲との温度差を感じるとき
周囲は言う。
「ChatGPT、便利だよね」
「もう手放せないよね」
確かに便利だ。
でも、自分の中では何かが引っかかる。
使っているのに、楽になっている実感がない。
効率化しているのに、余裕が増えない。
その違和感を言葉にできないまま、
なんとなく頷いてしまう。
この温度差が続くと、
「やめた方が楽なのではないか」と思う瞬間が出てくる。
使えていないわけではない
ここで誤解しやすいのは、
「自分が使いこなせていないからだ」と考えてしまうことだ。
でも、必ずしもそうとは限らない。
ちゃんと使っている。
アウトプットも出ている。
周囲からも否定されていない。
それでも、しんどさが残る。
それはツールの問題というより、
役割の変化に気づいていないことが原因かもしれない。
やめるかどうかの問題ではない
ChatGPTをやめるかどうか。
続けるべきかどうか。
本当の論点はそこではないのかもしれない。
作業を減らす道具だと思っていたものが、
実は「判断を前に出す道具」だった。
その構造に気づかないまま使い続けると、
違和感だけが残る。
やめたくなる瞬間は、
怠けているサインでも、
時代に遅れている証拠でもない。
ただ、自分の立ち位置が変わり始めているサインなのかもしれない。
もし、
ChatGPTを使っているのに仕事が楽にならない、
このまま今のやり方で続けていいのか迷う瞬間があるなら、
一度立ち止まって整理する必要があるかもしれません。